2013_04_01
この頃、子供たちからの質問で、『どうしたら、わくわくさんみたいに工作が上手になれるのですか?』という質問をされます。私の答えは、『とにかく、毎日、楽しく、いっぱい作って遊べば、僕みたいになれるよ。』です。私ぐらいの年齢の方は、小学生時代に「怪獣ブーム」と「プラモデルブーム」を経験されているので、「自分で作って、遊ぶ」ことをとっても楽しんだ世代でしょう。私もプラモデルを作りました。それはそれは、もの凄い数のプラモデルを作ったものでした。そのうち、ただ説明書の通り作っていくのではなく、自分なりに「手を加えていく」、つまり、『改造』していくようになりました。例えば、旧日本軍の飛行機のプラモデルを買ったとしましょう。すぐに作るのではなく、その飛行機に関する資料(写真集など)を買ってきて、プラモデルには入っていない部分のパーツを自分で作って、それを加えて、より精密に、より自分らしい作品に仕上げていきました。1個のプラモデルを作るのに1っか月以上かけるのは当たり前でしたねえ。それが、まさに『わくわくさん』の下地になったのでしょう、今にして思えば。
え〜、というわけで、番組「つくってあそぼ」が終了しました。ここまで続くとは、番組開始当初は、思ってもみませんでした。これも皆さんのご声援のおかげです。本当にありがとうございました。これまで、22年の長きに渡り、「わくわくさん」として数多くの工作をご紹介して参りました。その中で、今月は、私の心に残る工作をご紹介しましょう。
私、平成2年4月から工作番組「つくってあそぼ」でわくわくさんとして工作を皆さんにご紹介をしてきたわけですが、ここではっきり言っておきます、22年間、もの凄い数の工作を私、いかにも自分が考えたようにやってきましたが、な〜んも考えてません(笑)。そうなんです、一つも私のひねり出したものはありません(笑)。番組でご紹介した工作は、すべて、造形作家ヒダオサム先生のアイデアです。収録の度にヒダ先生から私が工作を教わっていたわけです。それこそ、毎回、驚きの連続でした。ヒダ先生のすごいところは、工作の持っている驚きの部分が「もの凄く単純なところから生まれている」ということです。その一つが、「積み木をセロハンテープでつなげるだけで作る工作」です。積み木と積み木をセロハンテープでつなげるだけなのですが、貼り方ひとつで、テープが「関節」になり、人間の肘や膝と同じ機能を発揮します。いくつかの積み木をテープでつなげ、先端部分にたこ糸を付けて、動かすと、積み木を動物のように動かすことができるようになるのです。これを見た時の衝撃はすごかった。「たったこれだけのことで、こんなことができるのか!」この衝撃は、言葉に表せないほどでした。
これと同じように「紙をまっすぐ切るだけで作れてしまう工作」を知った時も強烈な衝撃が私を襲いましたね。本当にただまっすぐ切って、折るだけなのです。それだけなのに、紙が生き物のように動かすことができるのです。まさに「命を与える」とは、このことなんだなあ、と思いました。このつたない文章だけですと、ご想像できないと思いますが、積み木も画用紙も「生き物」に変えられるのです。何の変哲もない物にほんのちょっとだけ手を加えるだけで、生命を与えてあげることができるという素晴らしさを私は、収録の度に教わってきました。そう、私こそ本当の「いきものがかり」だ!わははは!
それともう一つ、忘れられないのが、『牛乳パックロケット』という工作です。「折り紙を丸めて作った細長いミサイル型のロケットを牛乳パックで作ったポンプで、空気の力を利用して、遠くに飛ばして遊ぶ」といものなのですが、この工作を番組でご紹介したのが、なんと湾岸戦争の真っ最中の時でした。毎日、戦場からの中継で、スカッドミサイルやトマホークミサイルの映像が流され、戦争の悲惨さがクローズアップされているまさにその時に私とゴロリくんは、「ロケット発射〜!」「わ〜、すご〜い、よく飛んだ!」と笑いながら、ミサイル型のロケットを飛ばして大はしゃぎしてました。私、リハーサルの時点から確認したんです、「この時期、これって大丈夫ですか?」しかし、問題なく放送されました。ある意味ですごい番組でした。
かくのごとく、様々な工作と思い出を残し、「つくってあそぼ」は終了したわけです。しかし、私とゴロリくんは、不滅です、引退なんかしません!これからの工作の持つ素晴らしさを伝える伝道師となって全国を駆け巡って参りま〜す!